♪♪ NATの独り言 (心・ジャズ)

生きていく上で信じてること。大好きなジャズのこと等

★国の財政への2大誤解:「日本政府は債務超過でヤバい」と「次世代への借金のツケまわし」

★「積極財政」のサナエ政権が強大な力をもって始動するので、財政健全化問題への懸念の記事が既に色々出ているし、これからも出るだろう。
・・・ところが、国債残高1100兆円、他借入れも併せて1300兆円、それを「既に激しく過大で、危ない」(財務省とそれに洗脳された人)と言う人から、「実質、全く問題ないレベル」(私はこれ)と言う人までいてだね、しかも、しかも、その意見の違いをすり合わせて統一見解を纏めようと全くされていないから議論にならないのだ。
・・・私は、その点、自分の考えを明確にしている。1年前の以下記事で、「ざっくり言って、あと4~500兆円追加発行余地あり」と書いている。拙文
◆ しかし、そういうことを、数字をもって言い切る人が非常に少ないから、国債1100兆円の「危険度」判断で大きく意見が分かれる。
・・・そこで、市場からの警戒信号(長期金利の高騰や円ドル為替)をもって「意見」とする人が多いが、市場は「財政健全性の審査機関」ではない。自分の損得から売買しているだけの人たちの集合体に過ぎない。意見は市場に任せず自分で言おう。
◆ そこで、今日は、政府債務に関する非常に多い二つの誤解につき解いておこう。
・・・「日本政府は債務超過でヤバい」と「次世代への借金のツケまわし」の二点だ。
【1】「日本政府は債務超過でヤバい」:
・はい、国の貸借対照表(B/S)で「借入金」は「資産」より700兆円多いです。添付の政府のB/Sをご覧あれ。政府のバランスシート_page-0001
・それを見たビジネスマンで、企業会計からの発想で、「700兆円もの債務超過だったのか!ヤバい」と思う人が多い。
・しかし、先進国は基本的にそうなる「当たり前の構造」で、事実、米国も英国も同じだ。
・なぜなら、国が赤字国債出して得たお金で、道路や橋を作るだけなら、B/Sの資産の方で道路や橋が固定資産として計上されるから、左右が釣り合う。しかし、赤字国債で得たお金は政府としては、社会福祉給付等などに「支出」(消費)してしまうのだ。会計上、固定資産として残らない。だから、赤字国債発行の多い国は、絶対に間違いなく債務超過の形のB/Sになる。ならないほうがおかしい。
・しかし、日本政府もそうだが、ずっと前から大きな「債務超過」B/Sなのに、更に国債を発行しても、誰も「日本政府は債務超過だから貸すのをやめる」とは言わない。皆、普通に追加国債を買う。企業だと、債務超過になりそうな時点で、銀行は融資を止める。しかし政府の場合は、誰も止めないのだ。それが当たり前だから。
・なぜそうなるかと言うと、企業と違い、国は借金の返済資金を調達する権限を持っているからだ。徴税権と中央銀行による通貨の発行権だ。だから、理論的に国の不履行はあり得ないのだ。特に、中央銀行の発行する通貨が国際通貨である米(ドル)、英(ポンド)、日本(円)(と中国(元))は、徴税権に依存せず、自国通貨発行でのリファイナンスがあるから強い。(ギリシャとかのユーロ建て国債の国では増税するしかないから、苦しくなったが、自国通貨が国債通貨の日本などは全然違うのだ。)・・・だから当たり前の「債務超過」を見て驚かないように!!
【2】「それでも、子どもたちの時代には借金返す必要あるのでしょ?」
・「いえ、必要ありません」が私の答えだ。
・この疑問は、「親の住宅ローンを、親が死ぬまでに返せないと、子の債務になる」(注:債権債務放棄しない限り)という、個人のローンの発想からの誤解でそう思うのだ。
・これまた国は違う。
・上記の1年前の私の計算で書いている通り、国・地方自治体の借入金から日銀保有の国債額を引いた「国などの外部からの借金」は700兆円。一方、国民と日本企業の金融資産(一定の前提で借金を控除)したものが1600兆円。その1600兆円から国民と日本企業が(銀行など経由だが)国などに700兆円ほど貸してあげているのだ。
・国民と日本企業の持っている金融資産1600兆円は、国民の部分も、高齢者が死んだら遺産で子どもに移るか、あるいは相続税で国のポケットに移るだけで、消えてしまわない。公的借金700兆円を、子どもの時代にも国などが引き続き借金として持ち続けるだけのことだ。
・「でも、いつかは、返す必要あるのでしょう?」と聞かれること多いが、日本国の状況が大きく変わる、特に国の経常収支が大きく赤字で海外に資産が大きく流出するとか、日本企業がほぼ全社赤字で倒産しそうになった、とか言うようにならない限り、借金の継続、つまり、国債の借り換えは国内でちゃんと回っていくだろう。
・・・ならば、今の国債は意味としては「永久債」(永遠に返済しないでいい借金)と思えば良い。ただ上記のような日本が大きく細る事態が起こり始めてくれば、それはその時に分かるから、その時に、恐らく、日銀券を計画的に発行して、過剰債務を少しずつ消し込んでいけばいいこと(それに伴う「ハイパーインフレ」誤解他の問題について別途詳述しているのでここでは省略)だが、今はまだ、全然、そんなことする必要ない。
◆ 皆さんは、以上の2つの有名な誤解に陥らないことと、そして日本国民と企業の金融資産で十二分に国債が買い支えられているという、「日本の世界一安心な財政状況」を知ると、「財政危機」が如何に幻想であるか分かるだろう。しかし財務省がそれを認めてしまうと、政治家が寄ってたかって赤字国債発行させてムダなことするから、そういうのには歯止めが必要なだけなのだ。(あと、何度も書いてきているが、金利上昇で政府の利払い負担がっ増加するので、それも計画には織り込む必要はあることは言っておこう。)だから、サナエの「責任ある積極財政」は、それはそれで悪くない。そこからのお金の使いかた(国家資本主義的な投資)がクレージーと言っているだけだから。    Nat

★レトリックだけのサナエの”大政策転換”・・・その③(結局、時代錯誤的な ”リフレ教” の教祖サナエのための選挙だった。)

★最初に、今回の選挙で、案に相違して、実質的に論点にならなかったもののリストから書こう:
(1)サナエの本来好きな右翼的・愛国的主張も出なかったし、「夫婦別姓はトンデモナイ」などの伝統的価値観問題も出なかった。
(2)日本は今、国防強化を迫られる中にいるが、それも論点にならなかった。中国の脅威論も大きくは出なかった。・・・付随的に、サナエ好みのインテリジェンス強化なども実質出なかった。
(3)そして、そして、国民としての本題の「生活者保護」
・・・自民も消費税減税を言い出して、そのため、生活者保護が半分くらい論点から消えてしまった。各党のレトリック交換はされたが、それだけ。・・・そして、サナエの「生活者保護」論は、ひとえに「強い経済にして、まずパイを大きくする」という話にすり替えたものだったが、論争は起きなかった。
(4)「子育て苦」、「出生率低下問題」も、案外、忘れられていたまま終わった。
(5)原発、新安保(集団的自衛権)問題も、立憲が公明と一緒になるために捨てたので、論点から消えた。
・・・斯く斯様に、その辺の論点が全て全て全て視界から消えた選挙であった。
◆では何が論点だったのか?・・・ひとえに「サナエで良さそうか?」の一点だけだ。サナエ本人がそう言っているのだから間違いない。小泉「郵政」選挙以来の「One issue選挙」、つまり「サナエでいいよね?」選挙だった。
・・・そして、そのサナエが打ち上げたアドバルーンが「リフレ政策で経済を強く!」の一点張り。
・・・つまり、財政再建は棚上げして「積極財政」で経済を一気に強くするというメッセージ。安倍とはコンテキストが全く違うが、雰囲気は安倍リフレ看板の模倣だ。
・そして、それは、安倍以降の歴代の首相が常識人だからこそ「今さら」で敢えて言わなかった「リフレ」、「オールド・ファッションな成長政策」としての「リフレ」、それをギラギラと出す、ある意味で、意表をついた作戦だ。
・ところが若者、生まれてきたら「失われた30年」だった若者は、「ついに救世主現れたかも!」「ついに経済成長するかも」「これまでのおジイさんとは違うかも」と熱狂したのだ。
・我々のような、「高度成長期」から「失われた30年」まで辿ってきたジジ人間としては、サナエの言っていることは、「昭和の公共事業のハイテク版」としか聞こえない。しかし、若者は、突然、聞いたこともない「国費カンフル剤による経済の覚醒」を語る新興宗教の教祖のサナエに出会って、超・新鮮な期待を抱いたのだ。
・そこに、ヤクザみたいな北京の習ボスに立ち向かう「正義の味方のサナエ」像が重なると、もう期待感は沸騰する。
◆ これが今回の選挙だ。イデオロギーも政策論点も一切なし。
「失われた30年」からの「救済」のスーパースター・救い主のサナエ、それだけだった。・・・そして、選挙期間中も、終わった今も、まだ、サナエのリフレ政策の「時代錯誤」を論じる動きはない。 
・・・日本は今、たいへんおかしいことになっている。
・・・報道も、選挙の驚きの余韻から覚めてない。
・・・しかし今、日本はスーパースター・サナエの「リフレ教」の看板の下、狂った方向に走り出している。時間とともに、皆、それに気が付くだろう。  Nat

★レトリックだけのサナエの”大政策転換”・・・その②(「投資不足」論の大間違い)

★昨日、サナエの「政策の大転換」がレトリックに過ぎないことを書いた。
・「責任ある積極財政」が完全にレトリック。
・歴代の首相は「財政健全化も図りつつ」と建前も言った上で膨大な赤字国債発行してきたのを、サナエは「責任ある積極財政」(”行き過ぎた緊縮はしない”)と言い換えてみただけ。これまでも「行き過ぎた緊縮」まではしていない。だから、包み紙が変わっただけで、やることは同じ。
◆ 今日はその続きで、昨日の記者会見でもサナエの言っていた「投資不足を政府が埋める」の完全なる間違いにつき書こう。
【1】高度成長期の日本:
・サナエの頭の中にこれが時代錯誤的にあるような感じがするので、書いておく。
・高度成長期は「作れば売れる」時代で、戦略の下手な日本産業でも成長出来たのだ。
・しかしボトルネックは資金だった。①今と違い、国民・企業の蓄えはまだ大きくなかったい一方、②高度成長で資金ニーズが大きかった。
⇒ それに応じようとしてきたのが銀行融資だが、必然的に高金利になった。
⇒ そこで、政府は開銀など制度金融の低金利資金を提供し、重要産業(電力、鉄鋼、海運など)の後押しをしてきたのだ。
・・・サナエの頭の中には、このモデルがある気がする。
【2】「政府投資が呼び水に:Crowding-in効果論」のまやかし:
・今では、「資金さえ付けば企業が成長投資をする」ということは全くない。ボトルネックは、①日本のムラ社会型の企業経営でグローバル戦略・イノベーションが湧いてこないこと、②人口動態から労働力ネックがあること(しかしAIで置き換えるのは未だ先)、この二つだ。
・だから、政府がたとえゼロ金利の資金を見せても企業は投資出来ないのだ。
・然るに、サナエは周囲の一部の偏ったエコノミスト(本田悦朗ら)の意見に飛びついている。その意見は「政府投資が呼び水に:Crowding-in効果論」だ。
・市場のマネーが不足気味の際に、政府が国債などで資金吸い上げるとCrowding-out効果で、民間には資金回らず、高金利となり、経済を阻害する、というのが昔の理屈。
・それが「Crowding-in効果論」では、今や政府が積極財政してもCrowding-outで民間に資金が回らないことはなく、むしろ、民間の自律的投資を「刺激」「背中を押す」効果になるのだ!!と、マヤカシを言う。
⇒ これらのマヤカシ・エコノミストは、実態経済、企業経営に飛び込んだことが皆無の、マクロ経済しか知らない頭だけの人なのだ。「政府投資が呼び水になる」という実態上の根拠は全くない。エコノミストの思いついた幻想にすぎない。・・・「政府の投資で、将来の成長期待が高まり、それに応じて民間投資が活性化する」という”論理”だが、民間で投資など一回もしたこともなく、実業の世界で「1円を稼ぐ苦労」をしたこともない本田某などに「民間の期待が高まる」などと言われても、笑うだけだ。
・・・しかし、サナエからすると、サイコーの「理論」だ。それに飛びつき、もうバカの一つ覚え的に毎日これを口走っている。
・・・・ダメだ、日本は、こんなことでは。政府が「国家資本主義的投資」という、とんでもない間違いをしようとしており、肝心の産業はムラ社会タコつぼ経営か、中小企業は下請け・過当競争に明け暮れ、中国産業にひたすらにやられるだけ・・・それが日本の実態だ。ああ、憂国憂国。 Nat

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★追記しよう:

▶ 民間企業が事業の成功展開見通しが不透明で、そのために投資をためらっている最先端の成長テーマがあるとして、政府が”先見の明”で躊躇わずに先行投資する、すると、民間企業が ”ああ ”政府がやるなら我々も追従しよう” になると、本気で思うビジネス実務家がいるだろうか?? 
▶ 民間は「意気地なし」、政府は目利き力抜群なのか?
・・・そもそも民間が躊躇っているのは、先に書いた通り、そのテーマ自体は世の中として有望でも、その会社の「勝利の戦略が今いち」とか、日本で展開するには人材不足とか「躊躇う」理由があるからだ。・・・余程、官民一緒になって、「躊躇い状況」の打破の作戦を立てないと、過去の大失敗国家プロジェクトの再来になる。新事業は、お金を出す人がいれば成功するのではない。最低必須なのは、勝利の戦略があることと、担う人材がいることの二つだ。・・・本田某らは「事業投資」は「有望テーマ」に対して行うと誤解している。「事業投資」は企業の事業・事業計画に対して行うのだ。だから、その企業に勝ち戦略と人材がいないと、お金だけあっても全くダメなのだ。  〆
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